こんにちは、れんです。
私は15年間、ニキビ・クレーターが理由で
恋愛、仕事、遊びなど。
様々なことに挑戦出来なかった人間です。
肌治療に600万円
男磨きに103万円
肌治療のために10,000キロ以上移動
などなど。
たくさんの屈辱、絶望、希望を経験しながらお金を使ってきましたが、
今は「さよなら、コンプレックス」という理念の通り、
あなたのコンプレックスとの決別を支援する専門家として活動中です。
突然ですが、盗撮されてしまいました。
でも安心してください。
この話は高校1年生の時の話です。
でも昔のこととは言え、
きっとあなたにも見に覚えのある話かと思います。
ちょっと重い話になるかもしれませんが、
5分くらいで読み終えると思いますので、
コーヒーでも飲みながらリラックスして読んでみてくださいね。
この記事は以下の方のために書きました。
・過去のトラウマが頭から離れない人
・自分のコンプレックスが挑戦の足かせになっている人
あ、そうだ。
盗撮された話をする前に少しだけ、高校入学前の話をさせてください。
偏差値60の学校に入れれば、人生が変わると思っていた
2013年、
ピンク色の桜が満開に咲き乱れる、まだ少し肌寒い4月初旬、
私は晴れて偏差値60の千葉の県立高校に入学しました。
もともとその学校が
「どうしても行きたい夢の場所」だったわけではありません。
ただ、偏差値60以上の学校に入れれば、それだけでよかった。
なぜかというと、中学時代の私は、肌のことでいじめに近いいじられ方をされていたからです。
直接「顔洗えッ」と不良っぽい同級生に言われることもあったし、
それ以上にあれだったのは、
肌で自信をなくして萎縮している私自身の態度でした。
それを面白く思った男子・女子生徒からは「お姉キャラ」として扱われていたのです。
「ちょっとお姉キャラやってよ」みたいなことを日常的に言われて、
でも、嫌と抵抗できない自分が、心底嫌いでした。
「バカにしてきた奴らを、いつか見返したい」
当時の正直な動機はそれだけでした。
偏差値が高い学校には、
人のことをバカにしない、ちゃんとした人間が集まるはずだ。
そう、自分自身に思い込ませて、
沸々と煮えたぎる、
屈辱を勉強にぶつけました。
もともとのV模擬(県立の模試)の偏差値は45。
当時の合格判定は万年E判定でしたが
後期日程でギリギリ合格することができました。
いや〜あのときは本当に嬉しかった。
これでイジメられない素敵な人生の幕が開けると本当に思っていました。
「美男美女が集まる学校」だと、制服採寸の日に知った
入学してから知ったのですが、
その高校は県内でも「美男美女が集まる」と有名な学校だったらしくて。
制服採寸の日、確か当日は少し肌寒い曇の日だったのですが、
母親と一緒に商工会議所へ行くと、
中学時代ならカーストトップにいるような女の子がゴロゴロいる。
「あ、自分、場違いかもな」
そんな感覚があったのを覚えています。
それでも、新しい環境への少しの期待感はありました。
中学時代は色々あったけど、ここからまた新しく頑張ろう。
そう思っていたんです。
高校1年生、私は盗撮被害者デビューをしました。
高校入学から1ヶ月後の5月。
1学年9クラス 270人が参加する校外学習がありました。
クラスごとにバスで移動して、県民の森でバーベキューをするイベント。
あなたにも覚えがあると思うのですが、
1か月もすると、いつメンがある程度出来始めますよね。
自分は当時、穂高というやつと特に仲が良かったのです。
身長160センチほどの小柄な野球部で、あだ名は「クリリン」とでも言われるような、
見た目通り愛嬌のある、可愛がられるタイプの男子でした。
校外学習の当日、朝8時30分、
学校近くに9台のバスが一列になして、
道路に路駐していたので、
私ら、1年生は急ぎめで学校の外を出てバス乗り場まで一斉に移動しました。
もちろん、その穂高といっしょに。
その時まではすごく楽しかったのです。
そう、すごく楽しかった。
正直バーベキューもすごく楽しみだったのです。
バーベキュー中に、気になるあの子と話せるかもしれない。
同じ班になれたらどうしよう、とウキウキしていました。
場面は変わり
バスに乗リ始めてから、30分ほどたったタイミング。
穂高が私のことを呼びかけたのです。
「ねえねえ、ちょっとこれ見てよ」
半笑いで、スマホの画面をおもむろに見せてきたのです。
そこには、穂高の中学時代のグループLINEが映っていました。
そして、
そのグループLINEの中に、私の顔写真がアップされていたのです
私に何の許可もなく。
その顔写真は、別に変顔をしているわけでもない、
ただバスの移動中に、運転席側をぼーっとしている自分の他撮り写真。
自分で言うのもなんですが、
その当時の写真は、今でも見たくないほど
めっちゃブサイクな写真でした。
ニキビも酷かったのですが、
自分の場合、それ以外にも
一重、眼瞼下垂、天然パーマ…
こんな感じで、コンプレックスフルコースだったので、
それもあって、顔には全く自信がありませんでした。
(彼女に昔の写真見せてと言われたら絶対に拒否するレベルの写真です笑)
だから、人に撮られるのがめっちゃ嫌いだったのですが、
何の許可もなく撮られ、
それが知らないグループLINEに拡散されていたのです。
この恐怖が言葉にできないほどで…
知らない人たちに笑われていた
さらなる恐怖が待っていました。
自分の知らないグループLINEで自分の顔写真で炎上していたのです。
「あ、この人、れん君って言うんだね笑」
「なんか、ブスだね」
「そんなこと言ってやるなよ(笑)頑張って生きてるんだから」
バスに乗る、乗っている間のウキウキしていた自分自身を、ぶん殴ってやりたい気分でした。
バーベキューで気になるあの子と話せるかもしれない淡い期待も
この際どうでも良くなりました。
そして、どういう神経しているのか不明なのですが、
校外学習が終わった後も、
穂高は私のことを友達かのように普通に話しかけてきたのです。
今思ってもあいつはサイコパス野郎だなと思います。
ただひとつ確かなのは、
それ以来、私の中に「人が怖い」という感覚が深く刻み込まれたということです。
特に女性と話すのが怖くなりました。
「キモいと思われてるかもしれない」
「ドラッグストアですれ違う女性が、私の肌を見ている気がする」
そういう感覚がずっと頭をリピート再生している感じでした。
でも、その悔しさを、誰にも言えませんでした。
母親にも。先生にも。友達にも。
なぜか??
コンプレックスって、恥ずかしいじゃないですか。
「顔のことで心が傷ついた」
「外見が嫌いで毎日しんどい」
そんなことを口に出すのが、どうしてもできなかった。
「人に相談してはいけない」という思い込みが、自分の中にガッチリとあったんです。
一人で抱え込んだまま、悔しさは内側で静かに、じわじわと自分の人格を壊していく感覚。
いつ終わるのかも分からないマラソンを、一人で走り続けているような。
これが一番キツかったです。
数百万円と、何年もの時間を治療に使った
大学に入って、バイトを始めて、
最初の給料が入ったその月から、ほぼ迷わず治療費に使い始めました。
動機は、シンプル。
「このまま屈辱的な人生で終わらせたくない」
それだけです。
悔しいとか、惨めとか、そういう言葉じゃ足りない。
「このままでいることが、耐えられない」
その感覚だけが、私を動かしていたんです。
高校時代はお金がなかったから、何もできませんでした。
大学生になった今、
お金を稼げるようになった今、やらない理由がなかった。
クレーターは、私にとってガンでした。
マジで大げさな表現ではないです。
ガンを治すのに迷う人がいないように、私もそこにお金を惜しむことはありませんでした。
ただ、現実はそう甘くなかった。
当時は全く治療体験談も無ければ、今以上に治療プロセスが確立されてもいなかった。
だからこそ、数百万円の無駄なお金を使いまくってしまいました。
患者の目を見ず、適当に10回のレーザー治療を勧めるクリニック。
こんな悪徳クリニックなんてザラでした。
何度期待を裏切られたのかわかりません。
黒歴史は、思い出に変えられる
コンプレックスが深い人は、
他人がとっくに忘れているような些細な言動を、
自分だけはずっと鮮明に覚えているものだと思います。
あの日あいつに言われた一言。
何気なく笑われたあの瞬間。
中学・高校時代に刻み込まれたものが、
今の自分の人格形成にまで影響している。
これは理屈じゃなくて、経験した人間にしかわからない。
だからこそ、これを語れるのは、当事者だけなんです。
あなたにも、きっと似たような記憶がある。
今まさに、八方塞がりで何も手がつかない、
そんな状態になっていませんか?
そのコンプレックスの痛みが、わかります。
本当に、わかります。
だからこそ、ここで宣言させてください。
私はいま、
あの穂高をぶん殴ってやるくらい、自分に自信があります。
(さすがに実行はしませんが笑)
あれだけ萎縮していた私が、
女性と話すのが怖かった私が、
いつのまにかそこまで来ていた。
黒歴史は、消えない。
でも、思い出に変えることはできる。
思い出というと、あれですね。
ネタに昇華できたという感じですね。
今ではあの盗撮野郎に感謝しています。
あの経験がなければ、今ここであなたに何も届けられなかったから。
動かないと、何も変わらない
お金のこと、時間のこと、ダウンタイムのこと。
できない理由は、いくらでも並べられる。
全部、本当のことだと思います。
でも、そのできない理由を数えている間も、
日常は今日も粛々と続いていく。
朝、鏡の前で少しだけ目を逸らしながら出かける準備をする。
友達に写真を撮られそうになって、さりげなく避ける。
気になる人の前で、なぜか自信を持って話せない自分がいる。
コンプレックスは、何も言わずにあなたの人生の時間を蝕んでいく
少し、想像してみてください。
あの日バスの中で、ぼーっと座っていた高校1年生の私。
知らない人たちのグループLINEで笑い者になっていた私。
女性と目が合うだけで、「キモいと思われた」と頭をよぎっていた私。
その私が、今こうして言葉を紡いでいます。
あなたに、この気持ちを届けたくて。
あの盗撮の経験があったから、
あなたの気持ちがわかる。
あの頃の心の痛みがあったから、
この文章に重さが生まれる。
黒歴史は今行動しないと決別できないのです。
スマホの画面の上を、少しだけ見てください。
このブログのタイトル
さよなら、コンプレックス。
このタイトルは、私の決意表明です。
この理念はきっと社会全体を明るくする。
それだけは自信を持って言えます。
他にも色々、
あなたに、もっと深く届けたい思いがありまして、
実はこっそりとメルマガを運営しています。
治療の具体的な道筋、恋愛コンプレックスを抜け出した経緯。
ここには書けないことも、全部書いています。
よかったら、ぜひ。
いつか、「さよなら、コンプレックス。」
と一緒に言いましょう!
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。

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