【ナニモノでもない自分コンプレックス】ナニモノたちが集まる東京都港区・愛宕神社で参拝。そこで得たコンプレックス克服のための極意

こんにちは、れんです。

私は15年間、ニキビ・クレーターが理由で恋愛、仕事、遊びなど。

様々なことに挑戦出来なかった人間だったのですが、

肌、男磨きに703万円
マチアプで2ヶ月間21回デート
pairs500いいねの彼女と付き合う etc…

肌に引け目を感じて生きていた、あの頃の自分とは別人みたいになりました。

私は現在、

肌や恋愛などで苦しむ方々向けに

脱・コンプレックスのお手伝いをする専門家として活動中です。

突然ですが、29歳の誕生日まで、あと5日というタイミングで、

私は東京・港区の愛宕神社に行き、

出世の石段を登る
本堂にご挨拶をする

というイベントをやりに行きました。

理由は、シンプルです。

自分が、ナニモノでもないことが、怖くて仕方なかったから。

肌のコンプレックスは、克服した。

恋愛のコンプレックスも、克服した。

でも気がつけば、私はもう一つ、別の名前のないコンプレックスを抱えていたのです。

それが、私が勝手に命名している、

「ナニモノでもない自分コンプレックス」。

30歳までに、こうなっていたい、という理想の自分像はある。

なのに、その地点に1ミリも立てていない自分がいる。

あなたにもそういう似たような経験があると思うのですが、

これ、本当に怖いんです。

夜中に天井を見つめながら、気づいたら夜が明けていることもあります。

今回の記事では、背伸びをしない等身大の私を知って頂く、そんな記事になっています。

この記事は以下のような方々のために書きました。

・コンプレックスはあるけど、何から手をつけたらいいか分からない人
・「ナニモノでもない自分」に焦りを感じている20代後半〜30代の人
・変わりたいとは思ってる。でも心の中の何かが変わらないままの人

この記事を読むことで、

「どうしようもないコンプレックス」を、根っこから打ち砕くための、たった一つの極意を知ることができます。

是非、気軽な気持ちで読んでみてくださいね。

目次

29歳の誕生日まで、あと5日。私はナニモノでもなかった

時は、2026年5月9日の土曜日。

東京の最高気温は25度、初夏の気配が漂う一日でした。

私はいま、愛宕神社の境内にある、白木の四角い椅子に腰を下ろして、ノートパソコンを膝に乗せ、この原稿を書いています。

耳元では、葉が擦れる音と、名前のわからない鳥のさえずりが、遠くから聞こえてきます。

都心のど真ん中、港区。

それなのに、ここだけは標高が少しだけ高くて、空気がひんやりしています。

「30歳までにこうなっていたい」という理想は、勝手に出てくる

20代の後半に差し掛かると、不思議と、頭の中に勝手に「私の30歳像」が浮かび上がってくるんです。

  • 自分の名前で、仕事をしている
  • 組織に依存していない
  • 自分にしかできないものを持っている
  • 大切な人を、養えるくらいの経済力がある

こんな感じの、ふわっとした「あるべき30歳」像。

あなたにも、似たような像、ありませんか?

私の場合、それを今の自分と比べると、

1ミリも、その地点に立てていなかったんです。

薬剤師としては、頭では「やりがいのある仕事」だと思っています。

人の役には立っているし、社会的にも価値のある仕事だと、自分でもよく分かっている。

でも、心の奥でずっと引っかかっているのが、

【そもそも私が薬剤師になった理由が、肌コンプから来ていた】ということ。

(詳しい経緯は、無料プレゼントの方に書いています。気になる方は受け取ってみてくださいね)

内側からの情熱で選んだ仕事じゃないから、頭では納得していても、

本気になって生涯やり抜いてやる】

という情熱がどうしても湧いてこないんです。

肌、恋愛。それぞれ自分が乗り越えたいコンプレックスは克服したはずなのに、なぜか報われない自分がいる。

「もしかして、これって、別の名前のコンプレックスじゃないか?」

ある日、ふとそう思って、私はこのコンプレックスを、勝手に命名しました。

「ナニモノでもない自分コンプレックス」。

肌コンプ、恋愛コンプの次に、私を待ち受けていた、第三のコンプレックスでした。

出世の神様が祀られる、東京で一番高い、自然の山の上

このコンプレックスを抱えながら、最近の私はずっと焦っていました。

「29歳になる前に、何かを区切りたい」

「目に見える形で、自分の中にスイッチを入れたい」

そんなときに、ふと、ある場所が頭に浮かびました。

東京・港区の愛宕神社。

愛宕神社は、東京23区の中で、自然にできた一番高い山の上に立っている神社です。

そこには「出世の石段」と呼ばれる、急な石の階段があって、ここを登ると出世のご利益があると言われている、有名なパワースポット。

私自身、過去に1度だけ訪れたことはあったのですが、

そういう「祈願」の意識で行ったのは、今日が初めてでした。

思い立ったら即行動してしまうのが私の癖なので、

早速、虎ノ門駅から降りて徒歩で愛宕神社に向かうことにしました。

5月の昼下がりの、汗ばむような陽射し。

ビルの谷間を抜けて、坂を一つ越えると、突然、目の前に、緑の山が現れる。

「え、ここ、本当に港区?」

そう思わずつぶやきたくなるほど、その一帯だけ、空気の質感が違いました。

歩道を覆い隠すように、青々とした木々が、頭上に天井を作っている。

外気温は25度で汗ばむ気候のはずなのに、

境内に近づくにつれて、肌に当たる空気が明らかに違う感覚があります。

裏のルートから入ってしまった私は、わざわざ階段を降り直した

愛宕神社には、実はいくつかの入り口があります。

正面から入って、出世の石段を登るのが、いわゆる「正規ルート」。

でも、私はその日、なぜか、裏のルートから入ってしまった。

歩いていたら、なんとなく緩い坂道があって、

「あ、こっちでも行けるんだ」と思って、そのまま入ってしまった、というだけの話。

そうしたら、です。

裏ルートを抜けると、

自分が出世の石段を、

上から見下ろす構図

に立っていたんです。

……これ、意味、分かりますか?

私は今日、出世の石段を登りに来た男です。

なのに、いつのまにか、ゴール地点に立ってしまっている。

「あ、もうここまで上がってきちゃったのか。まあ、、、いいか」

少しだけ、そんな気持ちが頭をよぎりました。

だって、楽じゃないですか。

汗をかきながら86段の階段を登るより、「もう登った気分」で参拝だけ済ませてしまうほうが、何倍も楽。

でも、私は、

それだけは、絶対にやっちゃダメだ。

と、即座に思い直したんです。

なぜか。

それをやったら、ここに来た意味が、まるごと、消えてしまうから。

そもそも私は、何のために愛宕神社まで来たのか。

「ナニモノでもない自分」と、決別するために来たわけです。

なのに、ここで一番楽な道を選んでしまうとしたら、それって結局、

ナニモノでもない、いつもの自分のままだ

ということじゃないですか。

私は深呼吸を一つして、普段遣いの黒色のACEのリュックを背負い直し、

出世の石段の麓まで、降りることにしました。

都心の真ん中で、誰にもとがめられない場所で、

一人だけ、わざわざ階段を降りて、もう一度登ろうとしているもうじき29歳。

普段考えたらよくわからない、無駄にエネルギーを使う行為。

でも、なんだろう。

この無駄な行為そのものに、なぜか、ものすごく胸が熱くなったんです。

鳥居の前、若い男女の視線の中で、私は深く一礼した

石段の麓に降りた私の目の前には、朱色の、立派な鳥居がそびえ立っていました。

鳥居をくぐる前に、私はスマホを取り出して、

AIアプリの「Gemini」に、参拝の正式マナーを聞きました。

今までの私だったら、絶対こんなこと聞きません。

「鳥居なんて、適当にくぐればいいでしょ」くらいに思っていた人間です。

でも、今日は違いました。

今日だけは、「プロセス」を、徹底的に大事にしたかった。

Geminiが教えてくれたのは、

「鳥居をくぐる前に一礼」
「中央は神様の通り道なので脇を歩く」
「手水舎で両手と口を清める」。

……ふむ、知らなかった。

今までの参拝、全部適当に通っていた自分が、ちょっと恥ずかしくなりました。

いざ、鳥居の前に立った瞬間。

ふと、目線を上げると、

若いカップルや、20代半ばくらいの男女のグループが何組かいる。

鳥居の前で頭を下げる行為。

普段の私ならば、絶対に恥ずかしくてできない行動。

「あの人、ガチで信仰してる人っぽいじゃん」

そんなふうに、横目で見られそうで。

でも今日は、

そういう外野の目を、本気でどうでもよく感じている自分

がいました。

なぜなら、

今日来たのは、誰かに見せるためじゃなくて、

自分自身に、本気の宣言をするため

だったから。

私は、ぐっと姿勢を正して、

朱色の鳥居に向かって、深く、頭を下げました。

…やっぱり少し恥ずかしいですね笑

一段一段、噛み締めながら、出世の石段を登った

鳥居をくぐると、目の前にいよいよ、「出世の石段」がそびえ立ちます。

写真を見ると分かると思いますが、

マジで、めちゃくちゃ、急なんです。

階段の角度、たぶん40度近くある。

下から見上げると、空に向かってまっすぐ伸びるエスカレーターみたいに見える。

普段の私なら、ここで、

ポンポンポンッ!

と、一段飛ばしで、駆け上がっていたと思います。

「早く登り終えて、参拝して、写真撮って、パパっと帰ろ。」

そういう、消費としての参拝。

でも、今日は、違う。

それだけは、絶対に違うんです。

今日は、

「いかに早く頂上に着くか」ではなくて、「いかに、この一段一段を噛み締められるか」

これだけを、考えていました。

だから、本当に1段ずつ、丁寧に足を運びました。

右足を乗せ、体重を預け、太ももにじわっと負荷を感じ、息が少し上がる。

それを淡々と、繰り返す。

まだ年齢を言い訳にするには早いかもですが、以前愛宕神社に来たときよりも、明らかに息が苦しくなるのを感じます。

普段なら2〜3分でパパっと登りきるところ、今回は5分かけて噛み締めて登りました。

やっとの思いで登りきると、先ほど裏道チートで見てしまった神社の本堂が見えました。

先ほどは何も感じなかった本堂も、なぜか出世の石段を登りきると感じるものが違うのが不思議….

二礼二拍手一礼。心の中のざわつきが、ぴたっと止まった瞬間

geminiに言われた通り、頂上に着いてから、まずは手水舎で、両手と口を清めました。

その後、ハンカチで丁寧に水気を拭き取って、財布から100円玉を一枚、取り出します。

本堂の前には、20代後半から30代と思われる、スーツ姿の男性が、何人か並んでいました。

少しだけ脇道に逸れますが、

この「港区」という街の話をさせてください。

港区って、考えてみたら不思議な街なんですよね。

経営者、第一線で結果を出すビジネスマン、成功したアスリート。

自分の人生を、自分のやりたいことに全力で捧げて、

その全力投球を通じて、社会の誰かに、確かな価値を届けようとしている人たち。

港区という街は、そういう“ナニモノか”たちが、日本中から集まってくる場所なんです。

出世の石段を登りきった本堂の前には、まさにそういう空気を纏った人たちが、無言で順番を待っていました。

スーツに汗を滲ませて、ただ自分の願いに集中している人たち。

「何かを変えたい」「何かを掴みたい」「何かを乗り越えたい」という見えない祈りが、本堂の周りに集まってくる感じが、確かに、空気としてそこにありました。

私はその列に並びながら、少し気を引き締めなおしました。

順番が回ってきたとき、私はお賽銭箱に100円玉を投げ入れて、

geminiに教わった通りに、

二礼、二拍手、一礼。

いざ、自分の手のひらをパン、パン、と打ってみると、

その音が、自分の耳の奥にも、胸の真ん中にも、しっかり響いて、

心の中の、ざわざわしていた何かが、ぴたっと止まる感覚

が、確かにあったんです。

「よし、ここまでやったんだからやり切ってやる」

本当にシンプルに、そういう気持ちが、内側から湧いてきました。

神様を信じていない私が、なぜわざわざ神社に来たのか

ここから、少しだけ、抽象的な話に入ります。

正直に言うと、私は、いわゆる「神様」や「霊」みたいなものを、心の底から信じている人間ではありません。

スピリチュアル系の話を「ふんふん」と聞き流す側の人間です。

じゃあなぜ、無神論者寄りの自分が、29歳の誕生日5日前に、出世の神様に手を合わせに来たのか。

答えは、シンプルです。

神様の存在を、信じているかどうか。

そこじゃないんです。

「目に見えないものを信じ続けるためには、目に見える”プロセス”がいる」

ということに、最近本気で気づいたから。

そもそも宗教って、何千年も人間社会の真ん中に居続けていますよね。

なぜ、ここまで長持ちしているのか。

答えは、神様が本当にいるからじゃないんです。

教会、お布施、お祈り、参拝、礼拝、断食。

こういう「目に見える儀式」と「目に見える代償」が、徹底的に制度化されているから。

アメリカという国も、世界的に見れば歴史の浅い国ですが、

あれだけ大きな経済を作れたのは、

最初に「宗教」というインフラを整えて、人々が”教会に通って、お布施を払う”という、目に見えるプロセスを持ったからだ、と言われています。

スタンフォード大学の設立目的のひとつにも「優秀な牧師を育てる」というものがあったらしい。

牧師って、よく考えると、儀式を司る人。

つまり、人々が”信じ続ける”ためのプロセスを、回し続ける人なんです。

人間って、「信じる気持ち」だけじゃ、続かない生き物。

目に見える儀式と、目に見える代償。

この二つが揃って初めて、目に見えない信仰が、何千年も続いてきた。

これって、社会だけの話じゃない。

個人のコンプレックス克服も、まったく同じ構造です。

コンプレックスを最終的に打ち砕くのは「マインド」だけだった

私は今、肌や恋愛で苦しむ方々の、コンプレックス克服のお手伝いをしています。

その中で、ものすごくはっきり見えてきた事実があります。

それが、これ。

マインドです。

「は?精神論かよ」と思われたかもしれません。

私もずっと、そう思っていた人間です。

「マインド笑」と、過去の私だったら、たぶん思ってます。

でもね。

肌コンプのために600万円かけて、
恋愛コンプのために103万円かけて、
10,000キロ以上、治療のために移動した

行動の結果がこれだったんです。

肌コンプ:医者にも、薬にも、絶対に届かない領域がある

肌コンプって、表向きは「物理的な悩み」ですよね。

ニキビ、クレーター、ニキビ跡。

確かに、ある程度までは、医者と薬とお金で改善できます。

でも、

「自分の肌は、まだ醜い」と、本人が決めつけている部分は、

医者にも、薬にも、絶対に届かない領域なんです。

世間一般から見たら、別に普通の肌なのに、「自分はキモい」「人にどう見られているか怖い」と、ずっと心の中で唱え続けている人。

……いますよね。

なんなら、過去の私が、まさにそうでした。

これは、医者の領分じゃない。

完全に、マインドの領分なんです。

恋愛コンプ:イケメンでも、深いコンプを抱える人はいる

恋愛コンプも、まったく同じ構造です。

めちゃくちゃモテるイケメンの中にも、自分に自信がもてず、深いコンプレックスを抱えている人がいる。

逆に、別に顔が万人受けじゃなくても、人を本気で愛して、本気で愛されている人もいる。

外側がどれだけ整っても、内側のマインドが死んでいたら、

人生の景色は、何ひとつ変わらない。

これは、私が身銭を切って、痛い思いをしまくって、ようやく辿り着いた、揺るぎない事実です。

信じる対象より、信じる「プロセス」が、マインドを育てる

冒頭でも書いた通り、私は神様を信じている人間ではありません。

でも、今日、出世の石段を一段ずつ登りながら、

「あ、信じる『プロセス』のほうが、信じる対象そのものよりも、ずっと大事だ」

と、はっきり気づいたんです。

どういうことか。

少し、書き出してみますね。

  • 鳥居の前で、深く一礼すること
  • 一段一段、噛み締めながら登ること
  • 手水舎で、両手と口を清めること
  • お賽銭をすること
  • 二礼、二拍手、一礼を、丁寧に行うこと

これ、神様の存在を信じているかどうかは、関係ないんです。

この一連のプロセスを、自分の体で踏んだ瞬間に、確実に心が整っていく。

「目に見えないものを、自分の意志で信じてみる」

そのプロセスを、丁寧に通過することそのものが、

マインドを強くしていく。

これは、神社でなくてもよいのです。

筋トレ、日記、朝活、なんでも構いません。

自分の決めた決まりごとを着々と踏んでいくことで、自信がついてくる。

そして、ここがめちゃくちゃ大事なのですが、

そのプロセスを”本気”にしてくれるのが、お金と時間という、目に見える代償

なんです。

お祈りも、お賽銭という代償があるから、ただの願望じゃなくて”祈り”になる。

私のここまでの人生も、振り返ると、ぜんぶこの構造で出来ていました。

肌コンプを克服したプロセス

治療代に600万円

名古屋・大阪・京都への、合計10,000キロ以上の往復移動。

22歳の誕生日のゴールデンウィークも、デートに出かける同年代を尻目に、名古屋のクリニックでひとり、レーザーを浴びていました。

このお金と移動と時間がなかったら、たぶん肌コンプ克服は、ただの「治したいなぁ」で終わっていたんです。

恋愛コンプを克服したプロセス

男磨きに103万円

マッチングアプリで重ねた、20回以上のデート

恥をかいて、断られて、また磨いて、また会って。

このお金と回数がなかったら、たぶん恋愛コンプも、「いつか自然に治るもの」と思って一生抱えていた。

今日の愛宕神社のプロセス

虎ノ門までの交通費と、29歳になる前の貴重な土曜日の半日

もし、自宅のソファで「成功祈願したわ〜」と心の中で唱えるだけだったら、たぶん明日には、全部忘れていた。

全部に共通しているのは、

目に見えない目的のために、目に見える代償(お金と時間)を、自分の意志で払った

ということ。

その代償が、プロセスを”本気”に変える。

本気のプロセスが、マインドを少しずつ育てていく。

お金を「払うだけ」では、確かにマインドは育ちません。

でも、お金を「払わない」プロセスは、本気になりきれない。

だから、お金は、マインドを育てる”プロセスの燃料”。

外せない要素なんです。

私が、本殿の奥に、こっそり置いてきた願い

ここまで読んでくれたあなたに、最後に、正直に告白させてください。

今日、本殿の前で「二礼、二拍手、一礼」を終えたとき、

私は、もう一つ、ど直球の願いを、心の中で唱えていたんです。

肌と恋愛コンプの15年。

その全部の屈辱と、お金と、移動距離と、夜中の動悸。

全部、まだ、覚えています。

その記憶を、

いま同じ場所で苦しんでいる誰かのために、ちゃんと言葉に変換していく仕事を、自分の人生のど真ん中に置きたい。

肌コンプで眠れなかった夜、

「誰でもいい、自分と同じ痛みをわかってくれる人の言葉が欲しい」と思いながらネットを彷徨っていた、過去の私。

あの夜の私が、本当に欲しかった言葉を、

いま、同じ場所で立ち止まっている誰かに、

ちゃんと届けられる人になりたい。

これが、私にとっての「ナニモノか」なんです。

……でも、正直に言いますね。

今の私は、まだ全然そこに届いていません。

月のPVは、自慢できる数字じゃない。

自分の言葉で誰かを動かせている実感もまだ薄い。

書いた記事を自分で読み返して「もっとうまく書けたら」と凹む夜のほうがよっぽど多い。

だからこそ、今日、神社の本堂の奥に、こっそり、こう置いてきたんです。

「あの夜の私と同じ場所で苦しんでいる誰かに、ちゃんと言葉を届けられる人になります」

これを、100円玉と一緒に、置いてきました。

今日の交通費と、土曜日の半日と、出世の石段の86段分の息切れ。

これらは全部、その願いを”本気”に変えるための、私の小さな代償です。

あなたは、目に見えない何かを信じる覚悟はありますか?

コンプレックスを乗り越えるためには、目に見えないものを信じる。

そのプロセスが大事だとお伝えしました。

そして、そのプロセスを”本気”にするためには、

お金と時間という、目に見える代償が必要です。

あなたはどんなコンプレックスをお持ちですか?

自分のコンプレックスを乗り越えるためには、どんなプロセスが必要ですか?

自分の胸に手を当てて考えてみるとよいですよ。

最後まで見て頂きありがとうございます。

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この記事を書いた人

【肌×恋愛コンプに悩む独身20代男向けアドバイザー】美容医療600万+恋愛スキル106万を投資|ニキビ・クレーターに15年悩む→美容医療の泥沼地獄→花房式で肌激変→普通肌を入手|素人童貞が2ヶ月間で20回以上デート|学校のマドンナレベルの清楚系美女と結ばれる | 普段は薬剤師

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