ニキビ・クレーター・一重・眼瞼下垂・恋愛…外見×恋愛コンプに15年間悩み続けた童貞×陰キャの私が「さよなら、コンプレックス。」と堂々と言えるようになった話

はじめまして。れんです。

私は15年間、ニキビ・クレーター・一重・眼瞼下垂・恋愛などなど。

様々なコンプレックスと

一人で孤独に戦ってきた人間です。

肌治療に600万円
目元治療に100万円
男磨きに103万円
肌治療のために10,000キロ以上移動

たくさんの屈辱、絶望を味わってきました。

無駄なお金も使ってきましたし、

コンプレックスを乗り越えるために遠回りもしてきましたが、

おかげさまで、


色々なコンプレックスに引け目を感じていたあの頃の自分とは別人なりました。


今は、「さよなら、コンプレックス。」

この理念を世の中に広げる情報発信の活動をしています。


ちなみにコンプレックス全盛期の頃の私はこんな感じ。

写真越しから見てもなんか、


「あ、、、、」

ってなりませんか?

before

after

28歳になり、男としての自信を取り戻したことで、

・2ヶ月間でマッチングアプリを通じて21回デート

・pairs500+の彼女とお付き合いする

・肌を理由に挑戦しない言い訳をやめ、人生を賭けたビジネスに挑戦中


こんな感じで、20代後半で、止まった歯車が動き始めた感覚です。

人によっては、

「それだけお金をかけたんだから成果が出るのは当然じゃない?」

「その結果はれんさんだから出来たんでしょ?」

そう思うかもしれません。

改めて、もう一度お見せします。


私は中学1年生から28歳にいたる、

約15年間を文字通り、“絶望的な”人生を送ってきました。

・他人の幸福を妬むし…

・肌、恋愛コンプで陰キャに拍車がかかるし…

・中高の同級生からは生理的に受け付けない人間扱い…

そんなクソみたいな自分が変わることができたのです。


もちろん、肌の改善に関しては美容医療の力を借りました。


でも、ことニキビ・クレーター治療に関しては、

お金をかけた=即治る…

なんて生易しいものではないのです。

・治るかわからない治療に100万円単位でお金をかける勇気

・治療後に一生消えない跡が残るのではないかという不安との戦い

・「クレーター患者」の苦悩を誰にも理解されず、むしろ美容への意識が低い扱いされることへの屈辱

・周りの人間が恋愛、結婚、仕事など。ライフスタイルがステップアップしているのに自分だけ取り残されている恐怖

これらと常に向き合わなければなりませんでした。


でも、だからこそ、


私はこの経験をしてよかったと本気で今は思っています。

コンプレックスを15年間経験し、コンプレックスをとある思考法で昇華できたことによって、


【コンプレックスとの向き合い方】
【自分自身との向き合い方】


これらの本質的な価値を


あなたに提供することができるからです。


結論から言いますが、


私はコンプレックスを乗り越えるためには、

「自分のコンプレックスをネタにする」=コンテンツ化する

これが必要です。

私はこの思考を2025年に手に入れてから本当に見える世界が変わりました。

「ネタ?」
「コンテンツ化?」

私の言っている意味がよくわからないと思います。


今はそれで構いません。

これ以降に詳しく綴っていきますので、

是非ご覧頂ければ。


ちなみに、

これから見る内容は、


特に、このような方々に刺さりやすく、価値ある記事になると確信しています。

・外見に自身がなくて恋愛に消極的になっている
・自分のコンプレックスが原因ですべてがうまく行かないと感じている
・変わりたい思いはある。でも、そんな簡単に変われたら苦労しないよ…と思っている

もっと詳しい話を知りたい方は公式LINEもやっていますので、


もしよければ登録してくれると嬉しいです。

私の人生をざっくりと(年表形式)

12歳(小学6年)

眉間に1、2個のニキビができ始める

13歳〜15歳(中学1年〜中学3年)

常時10個以上のニキビが顔面を支配。
同級生から「顔洗え」「ブツブツ」「肌汚ねッ」
など男女問わず言われる

中学の同級生を見返すために
当時、偏差値45だった状態を偏差値60まで
伸ばし、逆転合格で夢の県立高校に進学

16歳(高校1年)

偏差値60の高校という認識しかなかった高校が
実は県内屈指の美男美女の学校と判明。

17歳〜18歳(高校2年〜高校3年)

父がガンと判明するも抗ガン剤で命を取り留める

 20歳(大学1年)

一浪の末、志望の薬学部に入学。

好きな人を食事誘うも既読スルー
肌が汚いのが理由と確信し本格的な肌治療を決意する。

23歳(大学4年8月)

女性の人肌を感じてみたく人生初めての
ソープランドを利用。
ハピネス東京吉原店に行き、人より遅い童貞を卒業。

脳汁が出まくる快楽を思い知り、これ以降風俗にハマる。

父のがんが再発し、60歳という若さでこの世を去る

25歳(大学6年12月 薬剤師国試の年)

「あと少しで卒業なのに、俺はこんな汚い姿で社会に出るの?」と絶望。

肌うつ×醜形恐怖症を併発。

母親を含めたすべての人間に顔を向けるのが怖くなり心から笑えなくなる。

26歳(社会1年3月)

紆余曲折あり肌状態がまあまあ改善する。

27歳(社会2年11月)

肌を理由に挑戦できない自覚があり、結局恋愛には挑戦できず。

「一生独身でもまあ….」と諦めかけていた。

28歳(社会3年8月)

北海道在住の年商2,000万円の1人社長とzoom対談し、
「コンプレックスをネタにする」思考に電撃が走る。

これ以降、私の人生が180度変わる。

28歳(社会3年8月)

男磨き関連の自己投資を73万円
(その後追加で33万円投資)投資し、
恋愛コンプレックスとの決別を決意する。

28歳(社会3年10月)

10月1-5-37日からマッチングアプリをスタート。
失敗と挫折を経験。時折来る既読無視にメンタルが病みかけるも、
「コンプレックスを乗り越えたい」一心で踏ん張る

28歳(社会3年12月9日)

約2か月で計21回のデートを経験。
pairs500+の彼女と付き合う

肌や恋愛コンプレックスから真に解放される。



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私の過去をざっくりと紹介してみました。

後ほど、いくつか過去エピソードをピックアップして紹介していきますが、


等身大の自分を書いたつもりです。


過去、周りの目ばかりを気にして、


“他人軸”、”自分の肌に翻弄されて”生きてきた私が、28歳の遅咲きで色々と人生が好転し始めたのです。


今になって思いますが、


人はきっかけさえあれば、思い描く自分に変わることができる


そう確信しています。


ターニングポイントがあれば、短い期間で別人レベルに変わることができるのです。

ニキビとクレーターに人生の大半を支配されてきました

中学1年生から高校にかけて顔中にニキビが噴き出しました。


大学入学後、


ニキビは落ち着き始めましたが、


代わりに、顔面クレーターだらけの状態になりました。


青春のほとんどをニキビ・クレーターに支配されたと言っても過言ではないし、


人生の選択肢のほとんどを肌が理由で決めたと言っても過言ではありません。


・志望の高校を選んだのも肌が理由

・志望の大学を選んだのも肌が理由


・志望の会社を選んだのも肌が理由


・恋愛に消極的になったのも肌が理由


・太陽の光、人の目が気になるのも肌が理由

もしかしたら、本当は肌が理由じゃないのかもしれないけど、


当時の私は


「今の自分がいるのは肌が悪い」

という考えで支配されていました。


鏡を見るたびに、自分の顔面で吐きそう。でも鏡をつい見てしまう。


人と話すとき、他人が私の毛穴の奥底まで見ている気がする。


異常なまでの肌への意識が加速した結果、


大学6年生の薬剤師国家試験のときには、


うつ病×醜形恐怖症をこじらせ、


母親に死ぬほど心配かけました。


こんな肌状態だったからこそ、たくさんのお金を肌に投資してきました。


フラクショナルCO2レーザー×10回
ポテンツァ×12回
ハーブピーリング×5回くらい
ダーマペン×30回
脂肪幹細胞移植×2回
アブレーションレーザー×サブシジョン×4回
ジュブゼン×1回

当時は千葉県在住でしたが、


京都、大阪遠征したり、名古屋遠征を10回以上したりと。


お金だけではなくたくさんの移動もしてきました。


とくに脂肪幹細胞移植に関しては治療費が134万円したのですが、


全く意味のない治療で絶望した記憶しかありません。
(奨学金を横流しして治療したので…)


自分の境遇を呪い、自分の人生に絶望し、人の幸せを喜べない、


そんな自分に恋愛なんて夢のまた夢。


だからでしょうか。


青春時代の私の友人は


非モテな人達ばかりでした。


非モテの友達だと「恋愛」という現実を直視しなくて良いんで、気が楽だったのです。


逆に、自分と同類だと思っていた男友達に彼女が出来た時は、


「もう友達じゃないな」と考えるくらい、


マジでどうしようもないくらい


ひん曲がった人間でした。

自分が選んだ恋愛はできない。消去法の恋愛しかできない。

いくら恋愛とは程遠い人種であっても、

恋愛できない=恋愛に興味がないわけではない。

むしろ恋愛に対しての渇望はますますひどくなる一方でした。

今までの私の経験上、


私が本気で良いと思う女性が、振り向いてくれたことは一度もありません。


例えば、


大学1年生のときに隣の学生番号だった絢香さんのことを好きになり、


めっちゃ勇気を振り絞って送ったLINEでの食事の誘いも既読無視。


こうなるのがオチでした。


ただ一度だけ、大学3年生のときに私のことを気に入ってくれた同級生の女性がいたのです。


「自分のことを好きになってくれる人がいるだけでも幸せじゃん。何贅沢言ってるんだよ。」


そう思う方もいるかもしれませんが、もう少しだけ話を聞いてください。


名前は桃香さんという方でしたが…


当時の私が言うのもなんですが、


めっちゃ生理的に受け付けられない顔だったのです。


でも、私は一応デートというものをしてみました。
(まあ…とても失礼で言いにくいのですが、人生経験と思ったので…)


2020年、コロナが流行り始めた2月頃、


お互いにマスクをしながらのデートをしてみました。


マスクをすると、

桃香さんは本当に可愛いのです。


でもマスクを外すと生理的に受け付けられない…


正直、めっちゃ悩みましたよ。

全く好みの顔や性格ではない。


でも、

これを逃したら一生女性と付き合うことはできないかもしれない…


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結局、私はその女性と付き合うという選択をとりませんでした。

理由は、心の底から生理的に受け付けない女性とお付き合いするのは

私だけではなく、彼女自身のためにも良くないと思ったからです。

ーでも…ですね…

性欲はあるんですよ。

女性の体に、ものすごく興味があるんですよ。
(あなたが女性でしたら本当に申し訳ない…)

だからなのか私は、

「桃香さんの顔を見なければ、Hできるかな??」

とクソ最低なことを一瞬でも考えてしまったのです。

そんなことを考えしまう

自分自身がキモチワルイ

私の顔面もキモチワルイ

マインドもキモチワルイ

どんどん自己嫌悪の負のループにハマっていくのです。

風俗に…

当時23歳で未だ童貞。

という事実に焦りがあったことや、

女性の体に異常な興奮があったこともあり、

2020年8月の炎天下の中、

東京では有名な風俗街の吉原に行き、人生で初めて

Hというのを経験しました。

正直言うと、

その時はすごく気持ち良かったです。

行為をする環境が暗いことや、女性にお金という対価を支払ってる安心感(=拒絶されない安心感)もあり、

その行為中の一瞬だけは肌のことを一切気にしませんでした。

行為終了後、風俗店から出て

最寄りの日比谷線の改札ホームあたりまでは気分爽快だったのですが、

地下鉄がホームに近づいてくる時の

「ゴーーーーー」

という音を聞き、ふと我に返りました。

「俺、何、やってるんだろう…」

「なんか、、なんか、、めっちゃクソ人間に落ちてきていないか?」


風俗に行っている間に分泌されていたドーパミンが切れたのでしょう。


自分で選んだ、風俗に行くという選択肢。

それを自ら選んだこと。

それしか選べなかった自分。

お金で性を買うことへの罪悪感。


そのすべてが押し寄せてきて。

もう自分ではどうすることもできませんでした。

結局、これ以降、風俗中毒になってしまい、

風俗街の近くを通ると、

必ずと言っていいほど風俗店のHPを覗いてしまうのでした。

とある恩人(Sさん)に「自分のコンプレックスをネタにする」考えを教わり、人生が180度変わる


薬剤師国家試験を受験し、大学を卒業したのが24歳の時。


そこから肌治療を継続し、ある程度肌を改善させるところまでは来ました。

でも、結局

15年間の肌コンプと恋愛コンプをこじらせすぎてた底辺マインドは変わらず、


結局、人生は何も好転していませんでした。


「今の自分の肌で恋愛なんてする立場ではない」


「太陽がギラギラしている中、すれ違う人と目があうのが怖い」


「もう、独身貴族でもいいか…」


そんなマインドが大きく変わったのが、


2025年4月に出会った、とある恩人(Sさん)です。


この方は、


“自身のコンプレックスをネタにし、ブログなどで情報発信されている方”なのですが、

2025年4月時点で、発信業だけで年商600万円くらいは稼いでいたみたいです。


でも私がSさんに強く惹かれたのは、

年商という単なる数字ではありません。


もっと根っこの部分。


自分の恥ずかしい過去をブログという媒体を通じて、包み隠さず発信していた泥臭さです。

離婚の経験。

離婚後、不要になったマイホームの売却。

その方が勤めていた建設業という仕事への葛藤。

この執筆時点では、

私は、結婚もしていないし、マイホームも持っていない。

職種も建設業ではなく薬剤師です。

一見するとSさんに惹かれる理由なんてどこにもありません。

でも、自分はSさんの発信に釘付けになりました。


そして、2025年8月、


Sさんと、とあるめぐり合わせで1対1のzoomをつなぐ機会を頂きました。

そこで言われたことが、


「自分のコンプレックスをネタにする」=コンテンツ化するということです。

Sさんを例にしてみましょう。



先ほどもお伝えしましたが、Sさんは


結婚→離婚→マイホームを手放す


という

普通なら、あまり

人には言いたくないような後ろめたい過去がありました。

でも、あえてSさんはこれを包み隠さず発信したのです。


これはSさん自身も仰っているのですが、


コンプレックスをあえて自己開示し続けることで、

人から共感が得られ、

自分を俯瞰して見れるからコンプレックスを昇華でき、

最終的にはそれらをコンテンツ化できるのです。

Sさんの場合は、コンテンツ化した結果、それをビジネスに結びつけていますね。

この前Sさんから話を伺ったのだと、年商2,000万円が見えてきたとのことです。


ちなみに、話が脱線しますが、

私はたくさん稼いでいる人=お金に汚い人


とは全く思っていません。


この金額は人の人生大きく変えた総量=人に幸せを届けた総量と考えています。


だって、実際に私はこの人に人生を変えられたわけですから。

コンプレックスは克服ではなく昇華するもの

恩人であるSさんから、

「自分のコンプレックスをネタにする」=コンテンツ化できる


という思考を教えてもらったことで、


「最終的に発信のネタにすれば良いんだ」


「失敗してもそれを記事にすれば良いんだ」


「私が過去やってきたことすべてに意味があったんだ」


こう、発想を転換することができました。

この発想をもとに、私は恋愛する上で必ず意識していた1つのテーマがあります。


それは、“”自己開示””です


「実は…過去、ニキビとかクレーターのコンプレックスがあって塞ぎ込んでいた時期があるんです。…でも今は肌治療をして、ある程度改善することができたので、人生が充実してるんです!」


過去の自分だったら友達にすら言ったことのない自己開示。

それを初めて会う女性に”あえて”伝える。

そしたら、以外にも自分に好感をもってくれる女性がたくさんいたのです。

少なくとも、この自己開示をした直後に、

顔を引きつらせたような女性はいませんでした。


むしろ、


自身のコンプレックスを自己開示したことによって、


相手からもそれと同等の自己開示が返ってくるのです。


「分かります、その気持ち!」

「だからお考えがしっかりとされているんですね!」


・・・・


「・・・あ、自分のコンプレックスって以外に大したことなかったんだ」

実体験を通じて、コンプレックスを、そう捉えることができるようになったのです。

コンプレックスがない人間に魅力なし。

誰しもが大なり小なりコンプレックスを持っているはずです。


私の場合は肌と恋愛でした。


肌が汚い。


恋愛ができない。


これが自分にとっての汚点でした。

普通コンプレックスを持たない人生の方が良い…


そう思いませんか?


でも、捉え方を変えると


むしろコンプレックスを持っている人の方が


相手には魅力的に映ることが多いのです。


例えば、


鬼滅の刃というアニメ。


主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)は、

他の主要人物に比べて特別強いキャラ…というわけではありません。


でも、彼は非力な立場でありながら、多くの強敵、葛藤、恐怖、別れがあり、


最終的には鬼舞辻󠄀無惨(きぶつじむざん:ラスボス)を倒す、


とても人気度の高いキャラクターです。


これを抽象化すると、なぜ人は竈門炭治郎に心動かされるのか?

それは、非力な主人公がボロボロになりながらも成長していく、


その過程に心打たれるからです。


こういうのを、マーケティング用語で


ヒーローズ・ジャーニーと言います。


コンプレックスを持っている人は、


誰でも竈門炭治郎のような、人の心を動かせるような立場になることができるのです。

昔は肌がニキビ・クレーターだらけで、一時死にそうになったこともある。
(before)

今は肌が治って人生が楽しい!
(after)

すべてのコンプレックスは、ビフォーとアフターのコントラストが大きいほど、

人を魅了することができるのです。

この魅了が、恋愛、人間関係、最終的にビジネスにつながる。

だからこそ、私はコンプレックスは克服ではなく、ネタ(=コンテンツ化)するものだと思います。

それが最終的に、


コンプレックスが昇華され、


自分の資産(=お金)を増やすことに繋がる。

そう、確信しています。

結局マインドがすべて

私は今、人生の恩人であるSさんのもとで、

文章の書き方や、より自分のコンプレックスを題材に、

誰かの人生を好転させるような技術やマインドを学習中です。


で、、、思うんです。


やっぱり、マインドが超大事だなって。


コンプレックスを昇華するのも。


コンプレックスをネタ(=コンテンツ化)させる発想も。


恋愛で最初の一歩を踏み出すのも。


自分のコンプレックスをXやブログで発信するのも。


人に自分の恥ずかしい過去を自己開示するのも。

ぜーーーーーーーーーーーーんぶ。

マインドです。

例えば、

外出先でiphoneの充電が切れたとします。

このとき、ほとんどの人は

「充電が切れて残念。」

となります。

でもマインドが整ってる人は、

「逆にスマホいじらなくなってラッキー!」

と考えます。

捉え方一つでその後の行動が変わるのです。

だから私は、2025年。恋愛活動を頑張る事ができたのです。

60歳で亡くなった父に恩返しはもうできない

時間は有限です。

若さは有限です。

人生は有限です。

あなたは何歳で死にたいですか?


私は100歳まで生きたいなと考えていますが、

人はマジでいつ死ぬか分かりません。

私の父は55歳で大腸がんに罹り、60歳という若さで亡くなりました。

正直私は、父親に十分な恩返しが出来ていません。

旅行もプレゼントしたかったし、

子供が生まれたら抱っこさせたかったし、

父親が幼少期、どのような人生を送ってきたのかを本人に聞きたかった。

でも、もう遅いです。

取り返しはつきません。

パソコンは「ctrl+z」で1つ前の操作に戻ることができる。

でも人生には「ctrl+z」がありません。

あなたのコンプレックスも、コンプレックスのない世界に戻ることはできません。

であるならば。

あなたがコンプレックスを理由に諦めていた挑戦。

今がそれを始める良い機会かなと思います。

さよなら、コンプレックス。

ここまで長い文章を読んで頂き、本当にありがとうございます。

私は自身のコンプレックスをさらけ出し、それを恋愛で応用し、成果を出しました。


今の私に、もう肌や恋愛のコンプレックスはありません。


昇華しました。


でも、自分だけがコンプレックスを昇華しても意味がないのです。


あなたのコンプレックスが昇華されることで、

初めて

私のコンプレックスにも意味があったのだなと感じることができるのです。


だから、この発信はあなたのためでもあるし、

自分のためでもあります。


この発信活動の結果、


心の底から、「さよなら、コンプレックス。」


そう言える人がたった一人でもいたら、


それ以上にやりがいのあることはありません。


もし、あなたが今誰にも打ち明けたことのないコンプレックスに打ちのめされそうなら、


私が運営しているLINEの配信コンテンツはとても面白いと思います。


また、LINEに入ると


私の過去の肌×恋愛の絶望と希望を記した電子書籍。

こちらをプレゼントしています。

ストーリー形式で書いているので、

パパっと読み進めることのできる内容です。

是非小説を読む感覚で気軽に読んで頂ければ嬉しいです。

それでは、また別の機会にお会いしましょう。