こんにちは、れんです。
私は過去15年間、肌と恋愛コンプに悩み、約800万円を溶かしてきた人間です。
…クラスカースト最下位だった私が、
とあるきっかけで、恋愛への捉え方が変わり、
2ヶ月間で21回デート
告白前デート3人同時並行
pairs500いいねの美女と交際
これらが実現した、経験をもとに
絶望を希望に変える、ヒントを密かにお届けしています。
なお、この記事には『ちいかわ』と『エヴァンゲリオン』の、多少のネタバレが含まれます。
あらかじめご了承ください。
先日、職場の後輩に、映画を観に行こうと誘われました。
薬剤師1年目の、可愛い系の新人の女の子です。
「ちいかわの映画、めっちゃ鬱展開があって、全く想像できないんで、一緒に見に行きましょうよ」
……ちいかわ。
存在は、知っていました。
でも正直に白状すると、私はあれを、とっとこハム太郎みたいな幼児向けアニメだとしか思っていなかった。
ちょっと、バカにしていました。
(あの絵柄で、何が描けるんだ、と)
ただ、これは後から知ったのですが。
Netflixでちいかわのページを開くと、作品にこんなタグがついているんです。

やや大人向けのテーマ、ホラー
……ホラー。
あの、まんまるい生き物たちに、です。
つまり、後輩が個人的にそう感じているという話ではない。
どこか怖い作品として、世の中に受け取られている。
そこまで知ってしまうと、さすがに見過ごせません。
せっかくだからと、仕事終わりに、そのまま一緒に観に行くことにしました。
・・・
結論から言います。
エンドロールが流れ終わっても、しばらく席を立てませんでした。
隣で後輩が「ね?」という顔をしている。
私は、うなずくことしかできない。
たしかに、どこか怖さを感じる…
ただ、私が想像していた「怖さ」とは、まるで違いました。
わっと驚かせてくる場面は、ひとつもありません。
血も出ないし、悲鳴も上がらない。
ひとつひとつの場面は、その瞬間だけ見れば
……あー。
それくらいで、通り過ぎてしまう程度のものなんです。
なんとなく引っかかるけれど、意味までは分からない。
でも、そのまま終わらせてはくれませんでした。

バラバラに配られたジグソーパズルのピースが、
観ているあいだに、少しずつ噛み合っていくのです。
さっきの場面と、その前の場面と、島で聞いた話が、
勝手に1枚の絵になろうとしている。
……あ。ということは、あれって、そういうことか。
よくできたミステリー小説で、伏線が回収されていくときの、あの感覚です。
そして全部を見終わる頃には、絵が完成してしまっている。
そこで初めて、背筋が冷えました。
驚かされて、怖いんじゃない。
分かってしまうから、怖い。
そういう作りの映画でした。
可愛い絵で、平気で人が消える

ちいかわを知らない方のために、世界観だけ説明させてください。
主人公は「ちいかわ」という、ハムスターくらいの小さな生き物。
そこにハチワレとうさぎが加わった、3匹の物語です。
グッズだけ見ていると、ゆるい癒し系にしか見えません。
でも、ちいかわの世界の住人は、労働をしないと食べていけません。
草むしり。そして、討伐。
これらの労働には資格が要ります。
(お酒を飲むのにすら、資格が要ります笑)
同じ労働でも、特に討伐は、桁違いに危険な仕事です。
巨大な化け物を相手にするクエストまである。
そのぶん報酬も大きく、討伐をこなせる強い者は、
英雄のような扱いを受けている。
稼ぎ方が、そもそも違うのです。
ただし、一歩間違えれば、普通に食べられて終わります。
命を賭けて、日銭を稼ぐ。
その取引が、あの絵柄のまま淡々と描かれていきます。
さらに言うと、その化け物は元々、
ちいかわだった…
つまり成れの果ての姿…かもしれない。
そう読める描かれ方を、されている。
ちいかわたちは、
働かないと生きていけなくて、
危険なことをしないと生きていけなくて、
その危険の正体は、かつての、ちいかわだったかもしれない。

……あれ。
これ、人間社会そのものではありませんか。
さすがに討伐はないかもしれません。
でも、資格がないと働かせてもらえないのも、
働かないと食べていけないのも、同じです。
命と命のやり取りだって、形を変えて日常に転がっている。
あの丸っこい生き物たちが暮らしているのは、
どうも、絵空事の世界ではないようなのです。
そして理不尽は、前触れもなく降ってきます。
何も悪いことをしていないちいかわたちが、ある日、割を食う。
そして、必ずしも報われて終わらない。
正直に言います。
私はこの作者を、サイコパスなんじゃないかと思いました。
ナガノさんという方です。
もちろん、軽蔑ではありません。
純粋に、褒め言葉としてです。
なぜそう言えるのか。
内容はえげつない。
でも、それを直接メッセージとして突きつけてこないのです。
可愛い絵で、淡々と場面を置いていくだけ。
読者は、自分で考えるしかない。
そして考えた結果、そうとしか捉えられない構図になっている。
全部を言わずに、視聴者に考えさせる。
考えさせた結果、自分ごとになる。
だからあの作品には、教訓のようなものが妙に多く残るのだと思います。
私が完全にやられたのは、この距離感でした。
そして、この距離感のまま、あの歌が流れるのです。
卒業式の、あの歌
その歌の話をする前に。
まずは、こちらの音声をお聞きください。
「今日の日はさようなら」という曲です。
ご存知の方も、多いと思います。
小学校の卒業式で、実際に歌った記憶がある人もいるはずです。
もし今、初めて聴いたという方でも。
たぶん、こう感じたんじゃないでしょうか。
……なんか、ちょっと寂しい。
そうです。
日本でいちばん有名な卒業ソングのひとつ。
別れの場面で流すために作られた歌です。
♪いつまでも 絶えることなく 友達でいよう
歌詞には、希望しかありません。
明日の日を夢みて。
またあう日まで。
少し寂しいけれど、きっとまた会える。
そう信じて手を振るための歌。
私もずっと、そういう歌だと思っていました。
あるアニメを観るまでは。
その曲を、卒業式から引きずり出したアニメ

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』という作品があります。
正体不明の敵「使徒」が襲ってくる世界で、
それを迎え撃つために作られた人型兵器が「エヴァンゲリオン」。
主人公は、碇シンジ。
心も体も、まだ未熟な少年です。
彼がエヴァに乗った理由は、才能でも使命感でもありません。
使徒を迎え撃つ組織「ネルフ」のトップが、父親だったから。
その父・碇ゲンドウに「乗れ」と言われて、言われるがままに乗った。
正直、最初は嫌だったのです。
でも、エヴァに乗ったことで、彼は仲間を手に入れます。
そして引っ込み思案だった性格が、少しずつほどけていく。
その仲間の1人に、アスカという女の子がいます。
気の強い、綺麗系のヒロイン。
そして彼女は、エヴァの操縦にずば抜けて長けている。
だからこそ選ばれたのが、テストパイロットという役目でした。
新しく完成した、超高スペックの機体=エヴァ3号機
・・・
その日、シンジは戦う側ではありませんでした。
テストを見守るだけの、待機要員。
ところが、3号機にはウイルスのようなものが仕込まれていた。
起動した瞬間、機体の主導権が内側から乗っ取られます。
アスカを乗せたまま、3号機が暴走を始める。
何をやっても、コントロールが返ってこない。
そこで、父・ゲンドウが息子に命令を出します。
3号機を、機能停止させろ。
中には、アスカがいます。
シンジは、拒みました。
当たり前です。
自分の手で、仲間を潰すことになるのだから。
すると父は、こう判断しました。
——なら、息子から操縦を取り上げればいい。
シンジの機体は遠隔操作に切り替えられ、
彼の目の前で、彼の乗る機体が、3号機を握り潰していきます。
動かせない自分の手が、仲間を壊していく。
その映像に重ねて、流れるのが、この曲です。
歌っているのは、劇中のヒロインを演じる声優さん。
音だけ聴いていたら、不吉さなんて、みじんも感じません。
歌詞だってそうです。
自由。希望。またあう日まで。
どこを切り取っても、明るい言葉しか出てこない。
でも観ている私たちは、
その綺麗な歌声を聴かされながら、
3号機がぐちゃぐちゃに潰されていく映像を、見せられている。
このシーンを観て以降、私の中であの曲は、卒業式の歌ではなくなりました。
この後、良くないことが起きる。
そう告げてくる、不吉な曲になってしまったのです。
歌詞は、1文字も変わっていないのに。
可愛い映画で、背筋が冷えた

さて、話を映画館に戻します。
ある日、ちいかわたち3人組のもとに、1通の手紙が届きます。
我々の島に、ご招待します。
お越しいただいた方は、豪華なお食事が実質無料で楽しめます。
……怪しい。
たぶん、うっすらとは思っていたはずなんです。
でも、豪華な食事という言葉には勝てなかった。
半分は旅行気分で、3人は島へ渡ります。
島に着くと、住民たちから頼まれ事をされました。
最近、島の住民が何人も行方不明になっている。
島に住み着いた人魚の仕業だ。
だから、討伐してほしい。
ここまでは、まだ分かりやすい話です。
怪物がいて、退治する。
でも、この映画は、その人魚と一度だけ鉢合わせさせます。
そして、こちらは知ってしまうのです。
知りたくもなかった、敵側の事情を。
私には、子分が3人いた。
その子分の1人が、この島の住民に殺された。
だから犯人を見つけるために、住民を襲っている。
名乗り出てさえくれれば、私はもうやめる。
……あれ。
聞いてしまうと、人魚の言い分も、そこまで間違っていない気がしてきませんか。
そして、この映画のいちばんえげつないところは、ここから先です。
住民が、人魚を殺した。
この事実だけを取り出せば、悪いのは住民です。
でも、そこに至るまでの話がある。
そもそもの発端は、事故でした。
人魚は、子分たちと海で遊んでいただけだったのです。
たまたま近くを通りかかった住民が、その遊びに巻き込まれ、
沖へ放り出されてしまった。
人魚に、殺意はありません。
でも住民のひとりは、溺れて、死ぬ一歩手前まで来ていた。
そのとき、もうひとりの住民が、島の言い伝えを思い出します。
人魚を食べた者は、不老不死になる。
彼は、それを信じました。
そして人魚の子分の1匹を撲殺し、切り刻み、煮付けにして、
死にかけている相手に、食べさせたのです。
その相手は、助かりました。
正確に言えば——死ねない体に、なりました。
そのあと複雑な経緯を経て、食べさせた側の住民も、同じものを口にします。
2人とも、終われない体になった。
殺したという事実は、変わりません。
でも、そのきっかけを作ったのは、人魚の側でもある。
しかも、誰ひとり、殺すつもりなんてなかった。
どちらが悪い、と言い切れる話ではなくなっている。
そして人魚は、こう歌います。
♪オリッに入れて、なんっかずうっと、暗いところ♫
この歌詞の意味は、
見つけ次第、体がぎりぎり収まるだけの檻に閉じ込めて、
暗い海の底に沈めてやる。
永遠の命なんだから、
死ぬに死ねないまま、そこに置いておいてやる。
しかもそれを、可愛い音楽に乗せて歌うのです。
最初に聴いたときは、可愛い顔で怖いこと歌うなあ、くらいに思っていました。
でも、後になって思ったのです。
……もしかして、本当にそれ、やったんじゃないの?
そこをみなまで語らないのが、本当にすごい。
・・・
物語は終盤、住民たちと人魚の戦いに向かいます。
そして、住民側が勝ちました。
その夜、勝利を祝う宴会が開かれます。
島の住民たちも、ちいかわたち3人も、全員で。
そこで、みんなが歌い始めたのです。
その瞬間、私はこう思いました。
あ、、、、誰か死ぬのかもしれない
この先は本当にネタバレになるので、書きません。
ただ、ひとつだけ。
エンディングが流れ終わったあとに、ある事実が示されます。
それを見た瞬間、観客は確信するはずです。
ああ、これは、ハッピーエンドじゃない。
あの宴会の歌は、お祝いの歌ではありませんでした。
むsiろ、死の予告だったのです。
曲は、同じなのに…

卒業式で歌った「今日の日はさようなら」。
エヴァで流れた「今日の日はさようなら」。
ちいかわで流れた「今日の日はさようなら」。
全部、同じ曲です。
歌詞も同じ。メロディも同じ。優しい歌い方も同じ。
なのに、1つ目は希望の歌で。
2つ目は地獄のBGMで。
3つ目は、死の予告。
エヴァを観たときにも、あの曲が怖いことには気づいていました。
でも、そこ止まりだったのです。
なぜ怖いのかまでは、言葉にできていなかった。
それが、ちいかわの映画館で、やっと形になりました。
あの曲が怖いのは、意味が逆向きに変わってしまったからだ。
明るい歌が、明るいまま、真逆のことを告げてくる。
その逆説に、人はぞっとする。
きっかけをくれたのがエヴァで、
言葉にさせてくれたのがちいかわでした。
私には、どちらも必要だったのだと思います。
曲側は、何ひとつ変わっていません。
変わったのは、曲が流れた場面だけ。
歌詞は1文字も変わっていない。変わったのは、流れた場所だけ。
これ、曲に限った話ではありません。
たとえば「好きだよ」という、たった4文字。
普段そっけない態度しか取らない人に言われても、
たぶん、心は動きません。
でも、何度も自分の話を聞いてくれた人から同じ4文字が出たとき、
それはもう、別の言葉になっている。
言葉の意味は、言葉の中にはないのです。
その手前に何が積み重なっていたかで、決まる。
私の黒歴史も、まだ卒業式でしか流れていなかった

ここで、私の話を少しだけ。
私は15年、ニキビとクレーターに人生を持っていかれた人間です。
治療のために、約800万円を溶かしました。
長いあいだ、その時間には価値がないと思っていました。
いや、価値があるかどうかを考えたことすら、なかった。
ただの黒歴史フォルダです。
でも、あるきっかけで、捉え方が変わりました。
消したかった15年が、そのまま誰かに渡せるものかもしれない。
そう思えた瞬間があったのです。

ただ、自分の中で捉え方が変わっただけでは、何も起きませんでした。
動き出したのは、それを人に話し始めてからです。
隠していたことを、自分から先に出す。
すると、拒絶されない。
それどころか、相手との距離が縮まっていく。
その実感を、何度も、何度も受け取りました。
事実は、1つも変わっていません。
ニキビも、クレーターも、遠征した10,000kmも、800万円も、全部そのまま。
歌詞は、書き換えられなかった。
変わったのは、その15年が流れる場面だけです。
これ、今回の映画の話と、まるっきり同じ構造ですよね。
ちいかわとエヴァが見せてくれたのは、
明るい曲が不吉な曲に変わっていく、プラスからマイナスの動きでした。
でも、原理が同じなら。
マイナスからプラスにも、動かせるということです。
捉え方が変われば、見え方が変わる。
見え方が変われば、行動が変わる。
もしあなたにも、思い出すたびに顔をしかめてしまう記憶があるのなら。
その記憶はもしかしたら「そういう曲」なんじゃなくて、
まだ、卒業式でしか流れたことのない曲なのかもしれません。
この記事が、あなたの黒歴史、コンプレックスの捉え方を変える、
そんなきっかけになれたら嬉しいです。
