ワンナイト、向いてませんでした

こんにちは、れんです。

私は過去15年間、肌と恋愛コンプに悩み、約800万円を溶かしてきた人間です。

…クラスカースト最下位だった私が、
とあるきっかけで、恋愛への捉え方が変わり、

2ヶ月間で21回デート
告白前デート3人同時並行
pairs500いいねの美女と交際

これらが実現した、経験をもとに
絶望を希望に変える、ヒントを密かにお届けしています。

今日は、この発信を始めてから、

いちばん「ブログの公開ボタンを押すかどうか」を悩んだ話をします。

先に、結論だけ言っておきます。

私はワンナイトというものを経験して、

「この行為の先に、私の幸せはないんだな」

ということを、はっきり知りました。

正直、この記事をみて引く方もいると思います。

それでも書くのは、これも、私だからです。

相手の女性にも、この文章にも、私なりに精一杯の誠意を込めたつもりです。

それともう一つ。

この記事は、5年後、10年後の私自身のための記録でもあります。

いまこの瞬間の感情と思考を、ここに閉じ込めて、保存しておきたいのです。

よかったら、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

目次

先に、白状します

2026年8月1日の夜。

私は、出会い系アプリで知り合った43歳の女性、ナオコさん(仮名)と、一夜を共にしました。
(年齢を感じさせないほどの美貌をもった方)

いわゆる、ワンナイトです。

・・・

「ああ、この人も結局、”そっち側”の人間だったんだ」

そう思われても、仕方ないと思います。

でも、少しだけ話を聞いてほしいんです。

この夜を抜きにして、いま私が考えていることは語れないので。

少しだけ、時間を巻き戻させてください。

そもそも、なぜ出会い系アプリなんて入れていたのか。

理由は、シンプルです。

性に…飢えていたから…

2025年の12月、私には、人生でほぼ初めての彼女ができました。

でも、2026年3月、仕事観の違いで、お別れしました。

(この話はまた、別の機会に)

この記事を書いているのが、2026年8月。

つまりは、約4ヶ月。

恋愛がしたい、というより。

人の体温に、飢えていた。

それは、ごまかしようのない事実です。

「なら、次の彼女を作ればいいじゃん」

そう思いますよね。

でも、いまの私には、人生を賭けてやりたいことがあります。

過去15年のコンプレックスを、発信という仕事に変えること。

それが形になるまで、恋愛はしない。そう自分で決めています。

(恋愛と仕事を、器用に両立できる人間ではないので)

ただ、人というのは、そう単純ではなく、

本能に突き刺さる欲までは、
言うことを聞いてくれません。

・・・

昔の私なら、迷わず風俗に行っていたと思います。

23歳で童貞を捨てた、あの東京吉原に。

でも、今回は行きませんでした。
というか、行きたくありませんでした。

風俗は、肉体的欲求は満たせますが、
精神的欲求はどうしても満たせないからです。

それが分かりきっている場所に、わざわざ戻る気にはなれませんでした。

だから、使ったことのなかったワクワクメールという出会い系アプリを入れました。

憧れと嫌悪は、同居する

ここで、もう一つ白状します。

私はずっとワンナイトというものに、二つの感情を同時に持っていました。

一つは、嫌悪です。

会ったその日に関係を持つなんて、相手に失礼なんじゃないか。

女性との経験人数で競争している男性は人間としてクズだ。

そういう、うっすらとした軽蔑。

でも、もう一つ。

その軽蔑の下に、ずっと隠してきた感情がありました。

憧れです。

コンプ自体から、

「俺には一生できないだろうな…」と思っていたからこそ、の憧れ。

(……とても、言いにくいのですが)

正直に言うと、ずっとありました。

で、私はこの憧れに、何十年も蓋をしてきたわけです。

「そんなの、俺には関係ない」って。

でも、あるとき気づいてしまったんです。

見たくない欲に蓋をするのって、

私が15年間、自分のコンプレックスにやってきたことと、まったく同じ構造なんですよ。

肌コンプ、恋愛コンプに蓋をして。

蓋をしたものは消えるどころか、蓋の下で、どんどん育っていった。

あの15年と同じことを。

私は自分の「今の欲」にも、やっていたんです。

「チ。-地球の運動について」。地動説に自身の命を賭けた12歳の話。

少しだけ、寄り道させてください。

最近、『チ。―地球の運動について―』というアニメをNetflixで観ています。

舞台は15世紀のヨーロッパ風の国。

「地球が動いている」と口にするだけで、火あぶりにされかねない時代の物語です。

第1章の主人公は、ラファウという12歳の少年。

飛び級で大学に進むことが決まっている、神童です。

育ての義理の親に勧められるまま、

当時、いちばん堅実で、

いちばん褒められる「神学」の道へ進むはずだった。

大人が用意した正解を、完璧になぞって生きてきた子です。

でも彼には、捨てきれないものがありました。

天文への、未練です。

そして、考えることすら許されない禁忌——地動説に触れてしまった彼は。

安全な道ではなく、命懸けの「知りたい」の方を、自分で選ぶんです。

なぜ、そんな道を選べたのか。

我慢強かったから、ではありません。

感動に、突き動かされたからです。

ずっと蓋をしてきた「知りたい」という気持ちを、あるきっかけでパカッと開けられて。

「この宇宙は、なんて美しいんだ」

その震えが、彼を勝手に動かしてしまった。

ちなみにラファウは最終的に、異端審問にかけられ、命を落とします。

国のルールが、彼を許さなかったんです。

「ほら、安全な道を進めばよかったのに」

そう見えるかもしれません。

でも、私はそう思いません。

彼はきっと最後まで、信念を曲げなかった自分を誇っていたはずです。

・・・

……いや、分かってますよ。

地動説とワンナイトを並べるな、という話ですよね。

おっしゃる通りです。スケールが違いすぎる。

でも、構造だけは同じだと思うんです。

世間の「正しい」と、自分の内側の声がぶつかったとき、どちらを取るのか。

そして——

蓋をした声は、蓋をしている限り、鳴り止まない。

話を、ワンナイトの話に戻します。

流されたんじゃない。自分で選んだワンナイト。

ナオコさんとは、まず居酒屋で会いました。

そこから2時間半、ずっと話していました。

お互いの恋愛の話。これからの人生の話。

私はいつも通り、肌の過去を自己開示しました。

15年コンプレックスに悩んだこと。いまは、その過去を発信という仕事に変えようとしていること。

ナオコさんも、決して平坦ではなかった人生の話を、返してくれました。

(彼女はシングルマザーで、人生をかけて小学生になる子供を守ってるそう。)

お互いの素をさらけ出し、人間理解を深め、

そして、店を出る前に、私は決めました。

夜に誘おう、と。

今までは、色々な要素が邪魔をして、飛び越えられなかった一線。

「この一線を、一度、自分の意思で越えてみる」という決断。

同時に、決めたことがもう一つあります。

誘うと決めた以上、相手に後悔はさせない。

この夜だけでも「会えてよかった」と、お互いに思える時間にする。

それができないなら、誘う資格なんてないと思ったので。

機能的には、過去最高でした

その夜のことを、細かく書くつもりはありません。

ただ、一つだけ事実を言うと。

夜の技術の話で言えば、人生で経験したことのない水準でした。

大人の余裕というものを、思い知らされる夜でした。

身体自体は、間違いなく満たされていた。

・・・

…なのに。

心だけが、シーンとしていたんです。

行為の最中、ふと、元カノとの日々が頭をよぎりました。

技術の話をするなら、あの頃の私たちは、お互いに未熟だったと思います。

きっと、物足りない部分だってあったはずです。

でも、心は。

心は、あの頃が最高潮でした。

お互いがお互いを想って、

相手が喜んでくれることを、不慣れながらに探していく。

その手探りの一つひとつが、たまらなく心を満たしてくれた。

考え方が好きで。生き方が好きで。笑い方が好きで。

その全部が好きな人と、気持ちを確かめ合う行為だったから。

正直に言います。

感情の面で言えば、今夜のそれは、あの頃の10分の1にも、届きませんでした。

答えは、越えた人にだけ渡される

家に帰って、一人で天井を見ながら思いました。

「俺、ワンナイト、向いてないな」

でも不思議と、後悔は一つもなかったんです。

むしろ、越えてよかったとすら思っている。

だって、何年も自分の中で保留にしてきた問いに、やっと答えが出たから。

何年も蓋をして、眺めるだけだった憧れに。

自分の足で確かめに行って、自分の言葉で「違った」と言えるようになった。

もし越えていなかったら、私は今も、

「ワンナイトって、実はすごくいいものなんじゃないか」と、

隣の芝生を眺め続けていたと思います。

憧れは、消すものじゃなくて、確かめるものでした。

そして、確かめたからこそ、はっきり分かったことが一つあります。

身体の気持ちよさは、極端な話、お金でも技術でも手に入ります。

でも、あの時の気持ちの高まりだけは。

心の震えだけは、自分で選び抜いた相手としか、生まれない。

風俗も、パパ活も、きっと同じです。

どれだけ上手でも、どれだけ相手が優しくても、

構造的に、あの夜の「しんとした静けさ」しか残らない。

いまは、便利な時代です。

お金さえ払えば、一線なんて越えなくても、「気持ちよさ」だけなら簡単に手に入る。

私も、さんざんその便利さに頼って生きてきました。

でも、もう分かってしまったんです。

気持ちよさと、幸せは、別物でした。

「ああ、幸せだなあ」と心から思える瞬間は。

勇気を振り絞って、自分の一線を踏み越えた人間にしか、たどり着けない領域にある。

当たり前の幸せは、踏み越えた人だけの特権なんです。

ここまで読んでくれたあなたにも、ないでしょうか。

「俺には向いていない」と言いながら、心のどこかで捨てられずにいるもの。

かつての私にとっての、ワンナイトがそうだったように。

もしあなたが「俺に恋愛は向いていない」と言いながら、

本当は、好きな人と笑い合う日常を諦めきれていないなら。

その憧れは、捨てても消えません。

向いているかどうかも、頭の中でいくら考えても、一生分かりません。

(私がワンナイトに向いていないと知れたのも、越えた後でした)

だから、これは私の勝手な願いですが。

お金で気持ちよさを買える場所に、逃げないでほしい。

コンプレックスを抱えているあなたにこそ、いつか。

自分で選び抜いた人との、何気ない日常を手にしてほしい。

本当に、本当に、そう願っています。

あなたの心の中は、いま、どんな声が鳴っていますか?

自分自身の声にこそ、誠実に向き合ってみることをおすすめします。

ではでは。

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