こんにちは、れんです。
私は過去15年間、肌と恋愛コンプに悩み、約800万円を溶かしてきた人間です。
…クラスカースト最下位だった私が、
とあるきっかけで、恋愛への捉え方が変わり、
2ヶ月間で21回デート
告白前デート3人同時並行
pairs500いいねの美女と交際
これらが実現した、経験をもとに
絶望を希望に変える、ヒントを密かにお届けしています。
そんな私ですが、じつは大学6年生のとき、
うつ病と醜形恐怖症を、同時にこじらせていました。
診断書をもらったわけではありません。
あとから「あれは、そういう名前の症状だったのか」と知った、
というのが正直なところです。
たった3年前の話です。
だから、あの時の感覚は、
いまでもリアルタイムで思い出せます。
先に言っておくと、今回はけっこう重たい話です。
読むのに10分ほどかかります。
でも、読み終わる頃には、
「ありのままで良い」という慰めとは別の、
現実的なヒントを持ち帰れるように書きました。
この記事は、こんな人に読んでほしいです。
- 外見のことで、毎日が灰色に見えている
- 「ありのままで良い」という言葉に、正直うんざりしている
- 自分は社会のドン底にいると、薄々感じている
ニュースでよく見る「マスク生活解禁」。その一言が、私を絶望に突き落とした

ときは、2022年の年末から2023年の年明けにかけて。
ちょうどコロナ禍が、
明けるか明けないか。
ニュースでも「マスク生活はそろそろ終わり」というムードが、
社会全体に漂い始めた頃。
(実は私、6年制の薬学部を卒業しています)
薬学部の最終学年で、もう少しで社会人になる。
そんなタイミングだったのです。
でもその「もう少しで社会人」という事実が、
私には、ただただ絶望でしかなくて。
「え、クレーター肌のまま、社会に出なきゃいけないの?」
鏡の前に立つたびに、
そう自分に問いかけていました。
今までずっと、
マスクという布切れ1枚に、自分は守られていた。
人と話すとき、肌が見えない。
人の目線が、肌に集中しない。
あの2年半は、私のような肌コンプ持ちにとって、
正直、世間が思っているよりずっと、
心が休まる時間でもあったんです。
それが、終わる。
世の中が、また「素顔」をスタンダードにしようとしている。
その流れに、自分だけが置いていかれそうな感覚。
これが、本当にしんどかったんです。
「薬学部は忙しいから…」が、私の最高の言い訳だった

私は学生時代、ずっと言い訳を作って生きていました。
「恋愛?いや薬学部の勉強あるし。」
「俺は恋愛とか遊びにかまけてられないんだ」
そう言い訳を塗りたくっていました。
でも本当の本当は、違います。
肌を理由に、挑戦や人と触れるのを避けていた。
ただ、それだけ。
でも、「肌が理由で…」なんて、
自分自身が認めることができなかった。
だから、勉強というラベルを貼って、
自分に言い訳をし続けたのです。
薬学部の忙しさが心地よい

薬学部6年生って、一般人の感覚からすると
かなり忙しい1年になります。
卒業論文。
論文発表会。
卒業試験。
薬剤師国家試験。
これが、半年〜1年の間に全部詰まってくる。
周りの薬学部生は、ヒィヒィ言いながら走り抜けていました。
でも、正直に言うと、
私はその忙しさが、心地よかったんです。
勉強という隠れ蓑が、
新しい挑戦をしない正当な理由になる。
だからこそ、勉強だけは、本気でやりました。
本当に過剰なくらい、本気で。
そのおかげで、模試では常にトップ5%くらいの成績でした。
周りからは、「すごいね」「真面目だね」と言われました。
でも私の心の中は、
まったく、これっぽっちも、報われていなかった。
「勉強という文字を消したら、私には何も残らない」

国家試験が近づくにつれて、
私のメンタルは、ぐんぐん下に落ちていきました。
これ、不思議だと思いませんか?
模試の結果は出てる。ほぼ国家試験は合格間違いなし。
なのに、心は逆方向にどんどん沈んでいく。
なぜか?
答えは、本当にシンプルです。
勉強が、終わってしまうから。
勉強という言い訳が、もうじき終了する。
そのあと、自分には何が残るんだろう。
肌を理由に、恋愛から逃げてきた自分。
肌を理由に、遊びから逃げてきた自分。
肌を理由に、人付き合いから逃げてきた自分。
それを、「勉強で忙しいから」という綺麗な袋にぐるぐる巻きにして、
なんとか自分の中で見ないことにしてきた。
その袋が、もうすぐ破れる。
袋が破れたあとに残るのは、
ただ、肌が嫌で動けない自分。
それだけだったんです。
国家試験まで、あと2ヶ月。
そんなタイミングで、私はそれに気づいてしまった。
2023年1月、私は「うつ」と「醜形恐怖症」になっていた
2023年の年明け。
鏡を見ると、
私の肌は、相変わらずでした。
いや、相変わらずどころじゃない。
かけた治療費に見合わないクレーター肌。
フェイスラインに、デーンとデカデカと君臨するデカニキビ。
治療費は、すでに何百万も使っていた。
なのに、鏡の中の自分は、自分とは言い難い醜い姿。
お金を払って、痛い思いをして、移動して、
ダウンタイムを我慢して。
それなのに、現実は、ほぼ何も変わっていない。
その絶望。
そして気づいたら私は、
- 鏡を見るたびに、絶望と動悸が止まらない
- 人と目を合わせられない
- 自分の肌が、相手にどう映っているかが頭から離れない
- 一日中、肌のことだけを考えている
そんな状態になっていたんです。
これがあとから、
「うつ病」「醜形恐怖症」と呼ばれるものだと知りました。
当時の私は、そんな名前があることすら、知りませんでした。
ただ、息が苦しい毎日を、
なんとかやり過ごすので精一杯だったから。
国家試験当日、トイレで鏡を見る私
その症状が、一番ヤバい形で出たのが、
薬剤師国家試験の当日でした。
少し自慢みたいに聞こえたら申し訳ないのですが、
国家試験の問題自体は、ぱぱっと解き終わっていました。
模試でトップ5%を取り続けてきた、
その努力の貯金がありましたから。
でも、私が試験中に集中していたのは、
試験問題ではなかったのです。
「周りの受験生から、自分の肌がどう見られているか」
それだけでした。
もう一度言います。
国家試験の真っ最中ですよ?
人生で一番大事だと言われている、
6年間の集大成のテスト。
そこで、私の頭の中を支配していたのは、
自分の肌が、隣の席の受験生にどう見られているか。
「あと少しで午前のテストが終わる」
「終わったら、休憩時間になる」
「人に、肌を、見られる」
試験官が「やめ」と言うずっと前から、
私の心拍数は、おかしいくらいに上がっていました。
冷静に考えたら、当時はみんなマスクをしている時期です。
肌なんて、見えるわけがない。
でも、頭ではそうわかっていても、
心は、まったく言うことを聞いてくれませんでした。
試験終了の合図と同時に、私は人の目を避けるように、
爆速でトイレに駆け込みました。
何をしに行ったか?
鏡を見に、行ったんです。
自分の肌が、今、どうなっているのか。
国家試験の、あの大事な日に。
(全部がノンフィクションでお送りしております。)
「ありのままで」じゃ、私は救われなかった

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
どうですか?
ちょっと、引きました?笑
でも、こんな状態の人間が、
今、こうして文章を書いています。
正直に言うと、
つい3年前まで、私は本当に、
「このまま消えてしまいたい」
と思う夜が、何度もありました。
いま、こうしてあなたの目に届く文章が書けているのは、
奇跡みたいなものです。
何なら過去の黒歴史を写真つきでネタにするレベルです笑
じゃあ、何がきっかけで変わったのか。
その話は、長くなるので、ここでは書ききれません。
(この続きは、メルマガの中で、ゆっくり話しています)
でも、ひとつだけ、
いま伝えたいことがあるんです。
新NISAより先に、やるべき投資があった

世の中は、
やれ新NISAだ、やれiDeCoだと叫んでいますが、
私が言いたいのは、金融投資ではありません。
自分自身への投資です。
「ありのままの自分でいいんだよ」
「個性は欠点じゃない」
「外見じゃなくて中身」
……あなたは、その言葉で救われましたか?
私は、救われませんでした。
正直に言うと、その言葉は私に、何ひとつ刺さらなかった。
なぜなら、当時の私にとって
「ありのままでいいんだよ」は、
動かないままでいるための、言い訳にしかならなかったから。
私が欲しかったのは、慰めじゃない。
コンプレックスが消えるのを、待たずに動き出す一歩だったんです。
そして、動き出すには現実問題、お金がかかりました。
私は、お金を使いまくりました。
300万、400万、最終的には600万を超えるくらい。
その間、屈辱も、絶望も、無駄遣いも、めっちゃしました。
でも、いま、後悔は1ミリもありません。
あの時、お金を使うことから逃げていたら、
あの死にそうな大学6年生を、永遠にループする人生を
送っていたはずだから。
600万円かけても、人生が変わらなかった理由

ここで、誤解してほしくないことがあります。
肌や外見だけを磨き続けても、
心が変わらなければ、人生はほとんど変わりません。
これも、私自身が実体験で味わったことです。
肌がまあまあ良くなっても、恋愛に踏み切れない。
仕事中も、人の視線が気になってしまう。
過去の黒歴史を、引きずったまま。
いま思えば、当時の私は、
「肌が治った自分」に、自分の価値を置こうとしていました。
でも、それだと結局、
自信の置き場所が「肌」のままなんですよね。
治っても、治っても、
「まだ足りない」と粗探しが終わらない。
じゃあ、何が私を変えたのか。
「マインドを変えよう」とか、
そういうふわっとした話ではありません。
(当時の私が聞いたら、
「マインドなんて変わんねえよ」と鼻で笑うはずなので笑)
私を変えたのは、たった一言でした。
初対面の女性との会話で、
ずっと隠してきた過去を、思い切って口に出してみたんです。
「実は昔、肌のコンプレックスで塞ぎ込んでいた時期があって…」
心臓は、バクバクでした。
でも、返ってきたのは、
引きつった顔…なんかじゃなくて、
「分かります、その気持ち」
という言葉だった。
肌は、何ひとつ変わっていません。
でも、その瞬間、
「……あれ、隠さなくても大丈夫なんだ」
世界の見え方が、ちょっとだけ変わったんです。
この小さな体験が、1つ、2つと積み重なって、
- 人と目を合わせて話せるようになった
- 過去の屈辱を、ネタとして話せるようになった
- 「この経験があるから今がある」と言えるようになった
気づいたら、そうなっていました。
心が先に変わったんじゃありません。
行動が1つ変わって、心が後からついてきた。
順番は、逆だったんです。
私はものすごく遠回りをしました

肌には、600万円かけました。
でも、私の人生を一番大きく動かしたのは、
0円の、たった一言でした。
このシンプルな事実に気づくのに、
本当に、ものすごく遠回りをしました。
肌がマシになっても、
何も変わらなかった数年間。
あれは、「言う」という一歩を、
ずっと後回しにしていた時間でした。
もちろん、600万円が無駄だったとは思いません。
治療で肌がある程度整っていなければ、
その一言を言う勇気すら、出なかったはずだから。
外見への投資が「土台」で、
行動が「引き金」。
両方あって、初めて人生は動きました。
もしタイムマシンがあるなら、
大学6年生の、あの日の私に言ってあげたい。
「治療は続けていい。でも、それだけじゃ足りないよ」
「隠してる過去を、一言だけ、誰かに話してみな」
でも、過去の私には、もう会えません。
だから代わりに、
いまこれを読んでいる、あなたに届けています。
長い話に、最後まで付き合ってくれて、
ありがとうございました。
あなたのコンプレックスが、
いつか「あの経験があってよかった」に変わる日が来ることを、
本気で願っています。
